私の不安とぶち当たった壁~親族・友人等の周囲の反応とは?~

不安

休学して世界一周することについて

ここからは、私自身の経験を書きます。

私が初めてピースボートの存在を知ったのは、大学3年生(2011)の秋でした。

ピースポートで世界一周したる!と決めるのに、意外と時間はかかりませんでした。

 

時期やクルーズの価格から、2012年8月出発の77回クルーズがBESTでした。

(※99万は、ピースボートの中では一番安い価格のクルーズ)

 

しかし、3年の11月という、時期が時期だったので、当時は複雑な思いに駆られていました。

つまり、ピースボートを知るのが遅すぎた。。。

もっと前…、せめて大学2年の時までに知っていれば、大学の授業と両立して、休日・春休み・夏休みを利用し、コツコツとお金を貯めることができたでしょう。

しかし、お恥ずかしいことに、当時の通帳残高は10~20万?ほど(笑)

 

そして、あと1か月も経たないうちに始まる就活

いつ内定がもらえるかなんて、やってみなきゃ分かりません。

いや、この就職氷河期において、乗船する8月までに内定が出ないことも大いにありえます。

そうなったら、乗船を諦めて就活を続けるか、とりあえず就活は休止して世界一周してから再び始めるか…。

仮に内定をもらっても、就活にはお金がかかりますし、忙しくてバイトもまともにできないから収入もほとんどありません。

内定後、たった数ヶ月で、100万以上もの大金を貯めることが、果たして可能なのでしょうか。

さらには、帰国するのは11月半ばなので、ある程度卒論も書き進めておかなくてはなりません。

 

金無し。時間無し。(笑)

 

悩みに悩んだ末、わたしは「休学」という選択を選びました。

乗船期間(3ヶ月)と、お金を貯める期間(数か月)を足し合わせて、1年間の休みを取りました。

最大の懸念点として、卒業が1年遅れるので、友達と一緒に卒業することができなくなることが悔やまれますが、1年間分も大学生活が延びることにより、ありとあらゆることに時間の余裕ができました。

 

周りの友人たちががっつり就活している中、私は必死にお金を稼いで稼いで稼ぎまくって、旅費を自分で全額工面することに成功しました。

寄港地の下調べなどの準備もしっかりと行い、余裕を持って出港の日を迎えることができました。

 

補足

ちなみに、ピースボートに乗船する大学生で、私のように休学するケースはかなり少数派です。正確な数は分かりませんが、たぶん1割くらい?でしょうか。ほとんどの大学生は、大学を休学することなく乗船しています。

 

1年間の休学期間の使い方は人それぞれで、私みたくピースボートのためだけに休学する子もいれば、

  • 「ピースボート」と「短期留学」
  • 「ピースボート」と「バックパッカー(陸路の旅)」
  • 「ピースボート」と「インターンシップ」

などなど、皆さまざまなプログラムを組み合わせて、充実した学生生活を送っているようでした。

 

補足

また、知らない人も多いですが、とりわけ私立大学は、休学中でも在籍料として「学費」が発生します。私の大学は「半期5万×2=計10万」でした。多いところだと、「通常の学費の半分」という大学もあるので要注意です。

 

親を、いかにして説得するか

学生・社会人問わず、仮にお金と時間の問題を克服しても、最大の難関が残っています。

それは、親族の同意です。

年齢が若くなればなるほど、親からの同意を得ないことには、乗船することは困難です。

親の反応が怖くて、親に言えないままボランティアスタッフを続けている友人もいました。

(※但し、未成年は親の同意がないとボラスタができない)

なんとか交渉しようと試みるも、親の反対で乗船を諦めた友人も多いです。

 

親にピースボートのことをどう伝えるか?という件について、当時の私は真剣に考えていました。

ボラスタになって半月くらい経ったころ、私はついにカクゴを決めました。

親宛てに超長文の手紙を書き、「おねがいします、読んでください!!!」と手渡したのです。

実家暮らしなので直接言うこともできましたが、口で伝えてしまうと、途中で話を折られてグダグダになってしまうのではないか…という懸念があったからです。

伝えたいことを一気に伝えたいと思い、書き綴った手紙は、文字でびっしり埋まった便箋で8枚を超えました。

 

なぜ、世界一周しようと思ったのか?

動機は?その理由は?

その経験から得られるものは?

その経験をどう自分に生かすのか?

 

そして…、なぜ、「今」なのか?

 

特に、私の場合はピースボート+「休学」の問題も絡んでいたので、生半端なキモチで臨んでも、私の親はぜったいに許してくれないだろうなぁと思っていました。

その手紙に、私のすべての想いを込めました。

 

手紙から始まり、何度も親と話し合った結果、「条件付き」で、ついに、世界一周を承認してもらうことに成功したのです。

条件というのは、

  • 「旅費」と休学期間の「学費」は、親からの援助は一切受けずに、すべて自分で用意する
  • 帰国後は、1年遅れはするものの、1つ下の後輩たちと4年生を過ごしながら就活をし、実質在学期間4年で卒業する

という約束です。

もともと私の両親が海外旅行好きであった為、ある程度は海外旅行に対して理解があったことが幸いでした。

また、私は昔から頑固な性格で、一度やると決めたことに対しては全力で突き進み、反対されてもなかなか自分の考えを曲げないし、半分「諦め」も入ってたのでは?とも思います(笑)

 

当時21歳。もう年齢的には成人ですし、やろうと思えば親の許可無しに結婚だってできる歳です。

だから、賛成も反対もしないが、行きたかったら行けばいいんじゃない?という感じでしょうか。

今でも、休学してまで世界一周を承認してくれた親には、非常に感謝しています。

 

私の親の説得する方法は「手紙」でしたが、例えば私の先輩は、ピースボートではないですが「休学して世界中をバックパッカーで旅する」という選択を親に承諾してもらうために、パワーポイントを使って親に「本気のプレゼン」をし、見事許しをもらっていました。

このように、自分が本気で「世界一周したい」と思うならば、親の説得には万全の態勢 で臨むべきです。

 

しかし、どんなに頑張って説得しようとも、親がピースボートのネットでの悪評を見てしまい、頑固反対され乗船できなかった子もいました。

ピースボートの「ウワサ」については、こちらの関連記事を参照ください

ピースボートの「ウワサ」と「船旅を楽しむ秘訣」

2013.07.03

でも、この記事にも書いた通り、ピースボートのネットの悪評って、大半はデマですからね。

そんなときは、親にこのブログ見せてください(←宣伝。笑)

なんてったって、正真正銘の一般乗船者の私が書いた、リアルな体験記なのですから!

 

ちなみに、私の親は超アナログ人間なので、「気になったら→ネットで調べる」という概念がありません。

親に「ピースボートがどんな団体か知りたい」と言われたら、ネットではなく紙の資料を渡して、当時はなんとかして親がネットと接触しないよう、神経を使っていました(笑)

 

周囲の反応

ピースボートセンターに通っていると、周りはみな世界一周を目指している若者たちばかりなので、イマイチ実感が湧かないのですが、ハタチを過ぎて間もない青二才が、いきなり「世界一周してきます!」とか言い出しても、当然周りは「は?」となるわけです。

一般的に「世界一周」というと、定年退職された老夫婦が、豪華客船に乗って優雅にのんびりと……というイメージが強いのではないでしょうか。

ピースボートは、世界一周船とはいえ豪華客船の部類ではないですが、部外者はそんなこと知りません。

当時、リーマンショック、東日本大震災…と続くこのご時世。

表向きは「すごいね~」とか言っていても、陰では何を言われているか、わかったもんじゃないですよね。

 

当時は大学3年生の秋。周りは就活モード一色。

休学することが決まっていたので、一人だけ全く就活せずバイト&ボラスタ三昧の私は、周りからはさぞ浮いていたことでしょう(笑)

 

「なんで就活してないの?」と聞かれた同級生に「休学して世界一周してくるから」と答えたら、衝撃的な答えが返ってきました。

その言葉は今でもはっきりと覚えています。

彼曰く、「え?ということは、卒業するのが1年遅れるんだよね?それに合わせて就職するのも1年遅れるよね?せっかく親に高い学費払ってもらって大学まで通わせてもらってるのにさ、ここから社会人になって一人立ちして稼いで、やっと親に恩返しをするときなのに、それが1年でも遅れるなんて、僕には考えられない。」

確かに、ごもっともな意見だと思いました。

生半端なキモチで「世界一周」を決断したわけではなかったのですが、頭をぶたれた想いがしました。

 

たしかに、私がこれからしようと思っていることは、親不孝なことなのかもしれません。

でも、やっぱり私はどうしても「世界一周」の夢を諦めることができないのです。

ならば、その1年の遅れなんて消し去れるような、もの凄い経験をしてこようじゃないか。

 

同級生の言葉で心に火がついたからか、それからの私はがむしゃらにお金を稼いで世界一周の夢を実現し、帰国後もがむしゃらに就活して、無事内定をもらうことができました。

もちろん、私の夢を応援してくれた友人もたくさんいました。

出港前にお守りとしてメッセージ本をくれた友人、帰国後にはケーキを用意してパーティーを開いてくれた友人ー。

大学のゼミの先生は、親を説得する前からいろいろ相談をさせて頂いたのですが、いつも温かい目で見守ってくれたように思います。

 

そんなわけで、自らの努力とたくさんの人に支えられて、私は“最大の夢”を実現することができたのでした。

 

 

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